【衝撃体験】東日本大震災の時、トラック「津波来てるぞ!」俺「!?」→ 内陸へ向かった俺 → 振り返ると、トラックは・・・

津波当日、仙台新港にあった自動車部品関係の倉庫で働いていたが、
調度津波が来た時間に、職場である新港に戻る為、仙台の地元で言う「産業道路」と呼ばれる道を走っていた。

カーラジオを聞く習慣のない俺は、地震で倉庫・事務所が大変な事態になっているだろうなあ
自宅は女房いるからなんとかなってるか・・・みたいなノリで走っていたのだが、
臨界鉄道を潜る前の交差点のとこで、車が前にも後ろにも動かず立ち往生してしまった。

なんだべ~なんて、事の重大さに全く気が付いていない俺だったが、
俺の左隣にいたトラック(増えるワカメちゃん作ってる会社)のドライバーが、
窓を開けて、俺に「津波来てるってよ、津波だ津波、今来てるってよ」と教えてくれた。
で、窓開けたまま海方向の方を見たら、黒い砂埃みたいのが上がっていてガチャガチャって
過去に聞いた事もない形容しがたい音が響いていて、発作的に車をそのトラックの前を通らしてもらい、
歩道を少し逆走して内陸に向かう道に出た。しかしそこも車は渋滞で動かず、どうすっかや~(まだあまり焦っていない)なんて考えていたら、ついに最初川の流れみたいな水が車に到達してしまった。

振り返ると、数十メーター後ろで、さっき俺に津波を知らせてくれたトラックはもう濁流の中で斜めになっていた。

何故か車の車検証と保険証券だけポケットにねじ込んで、車を捨てた俺は、
川みたいになって膝まできた泥水の中を四十五号線に向かって走った。走った。
この時になって初めて死にたくねーと思った。
後ろからはガチャガチャと車と車や建物どうしがぶつかる破壊音が響いていて、
もうダメかな、と思った時に濁流に飲まれた。結構小雪が舞うような日で寒いはずだったのだが、 水の冷たさはそれほど感じず、むき出しのガレキ片が体に当たるのが嫌だった。
緑の大きな箱の様なものがそばにあったのでそれにつかまり、この流れがいつまで続くのか考えた。
その箱は船舶運送用のコンテナだったのだが、鋼鉄製でも中に空気が入っているから浮いていられたんだろうな。

津波に揺られて斜めにむなった瞬間に俺はコンテナ上に這い上がった。
体はずぶぬれだが、頭は水につかる事は無かったので、直接の身体的な命の危機も
感じず、コンテナに這い上がれた事で、ガレキに身を晒す事もなく一応の安全は確保できたかな、、
なんて冷静に自分もいた。なんやかんやで俺は生きてしまった。
運よく生身の人間が流されるのは見なかったが、車乗ったまま見えなくなった人は沢山見た。
この世に津波という自然災害ある事は知識として知っていたが、まさか自分が生きている間に、こんな目に合うとは思ってなかったな。

ただ事じゃない事はすぐわかったし、俺自身もただでは済まない事はすぐ察した。
ただ命に関わる事なんだ、という事に関しては意外と冷静で自分に自分がびっくりした。
自分を守るだけの為にその時の最善と思われる行動を一直線に行う、みたいな。
それで死んでしまうならしょーがーねーみたいな開き直りもあったかな。。
その瞬間は、助けを呼ぶような声は、俺も発してないし、誰の声も聞いていない。
濡れた身体で水が引くまでコンテナ上に居たのはホント寒くて地獄だったけど、
それでも死ぬとは思わず、むしろ俺は助かったとしか思わなかったよ。。

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