新しい世界を築く

これからの世界は、古い世界がそのまま改造されていくのではない。古い世界の習慣の思いの世界が少しずつよくなっていく形ではない。新しい世界が築きあげられる。これは、非常に難しいことです。それはなぜかというと過去から引き続いている人類の生き方でいけば、この世界は、もうどうにもならないところまで行きついている。どう見てもどうにもならないところまで来ている。そうすると、このどうにもならない世界をどうするかというと、新しい世界を築きなおさなければダメなのです。古い世界がなおっていくのではなく、新しい世界を築くことが重要なのです。そうすると、昔の考え方のままでは、一向に平和になることはない。

たとえて国際関係でいいますと、今までの考え方でいうと、国は武力の強い国が勝利を得るのです。だから、武力を強くして、軍事力を増して、人をやっつける力を強くしさえすれば、その国が権力をにぎれるという考えを昔のままもっているとするならば、それは世界は滅亡してしまう。なぜかといいますとアメリカはアメリカで一番武力の強い国になろうとする、宗教は宗教で一番強くなろうとお互いが軍備を増強する。軍備を増強するということは、今現実では、原爆、水爆を持つ、原爆、水爆の量を多くするという以外にない。今の軍備拡張といえば、原爆、水爆を持つということに他なりません。原爆、水爆を持たない軍備は軍備ではないんですね。ということになりますと、すべての国が原爆を持つようになる。あらゆる国が原爆、水爆を使えるようになるとすれば、小競り合いがたちまち原爆水爆戦争になっていくわけです。各国が軍備増強する状況になれば、この世界はやがては滅亡する。だから時間を伸ばしているだけ、地球世界の滅亡を一瞬、一瞬伸ばしているだけのこと。いずれは、滅亡するわけです。それでは、地球はもう未来においてはないということになる。それではいけない。だから、神様は、世界平和の祈りという祈りを降ろしてくださったのです。

今までの、軍備を増強しなければ、国の権威が保てないという考え方、それを根底からぬぐいさらないとダメ。今までの考え方をすべて捨てなければダメなのです。今までの考え方を捨てるには祈り心が必要なのです。祈り心の中にすべての思いを入れきらなければ、世界も個人も変化しないわけです。祈り一念になって、世界人類が平和になりますように、みんなが平和でありますように、各国が平和でありますようにとみんなの天命がまっとうされますようにといった祈り心の中に入れなければならない。自分の小さな考え方であってはダメなのです。小さな知恵なのです。世界破滅へ時間を伸ばすだけなんです。神様の中から大きな知恵・能力をいただきなおすという形にしなければならない。その運動が消えていく姿で、世界平和の祈りの運動なんですね。それが、消えていく姿なのです。神様と人間とをつなげる、天と地をつないで、天の光を素直にまっすぐ地球にあまくだす。天の御心を地球に落とす。それが祈りなのです。三千円満な光を地球界に導き落とす、それが、世界平和の祈りなのです。

軍備が増強するとか、安保とか関係ないのです。そんなことは、関係なく日常の行い思い、相手がにくい自分はダメだ、などを世界平和の祈りに入れて、そして悠々と安らかに好きなことをすればいいのです。世界平和の祈りの大光明にみちみちていればいいのです。世界平和の祈りの中にあらゆるものを入れてしまって、世界平和の祈りで光っている状態に仕上げていけば世界平和を実現する大きな役目になるわけです。自分がそうなれば、周りに影響をおよぼします。自分の体が世界平和の大光明の光でみちみちていく体になればいい。そういう人が多くなれば、世界平和になるのが速くなってくる。地球を清めていくことになっている。1、2にも祈りで始まって、祈りで終わる。世界平和の祈りなのです。自分がまずそうなるように努めること。自然にそうなるようにする。そうすると、自然に声が出てくるのです。何事もきばってきばってしようとすれば、スポーツにしろ、歌にしろダメなんですね。自然に自由にすることが大事なのです。自然にやれば何かあれば、自然に世界平和の祈りがでてくる。それが重要なのです。自然に柔和な明るい顔になってくる。スポーツでも自然にしなければならない。力んではならない。自然に、自然に、ほがらかに、ゆるやかに、明るく世界平和を唱えることです。たゆみなく、リラックスしてやることが大事なのです。そういうわけでありがとうございました。