赦 す

ほとんどの方が、赦すということに関して、大きな勘違いをされている。

赦すということが、他人のためだという思い込みである。

これは、事実とは正反対なのである。

他者を赦すということは、何を隠そう、自分が赦されているのである。

他者を赦すことによって、自分の過去の過ちが赦され、そのカルマから解放されているのである。

こうしたことに、いつまでたっても気づけない方が多い。

世間でよく言われる、他者は自分の鏡だ、というのは本当なのである。

他者の言動は、細大漏らさず、攻守ところを変えた自分の過去の再現である。

その昔傷つけたから、今傷つけられたのである。

その昔騙したから、今騙されたのである。

とても簡単な道理だ。

だから、赦して赦して赦しまくって、自分の過去の過ちから一日も早くオサラバすることである。

また、ひとつひとつ赦すことも悪くはないが、ある時期が来たら、全てを丸ごと容認するレベルに、赦しを進化させなければならない。

全ての存在や事象は、それが存在する必要があるから存在し、起こる必要があるから起こっている、と丸ごと容認するのである。

エブリバディオッケー、エブリシングオッケー、といった心境になれるようなら、天国はすぐそこだ。

世界平和の祈り

世界人類が平和でありますように 日本が平和でありますように 私たちの天命が完うされますように 守護霊様 守護神様 五井先生ありがとうございます