肥田式強健術 (2)

・八大要件

春充はこれらの方針より運動の”八大要件”(初期は”四大要件”)を制定する。この八大要件を、単なる強健術の効能書きのように捉える向きもあるが、実はこの八大要件の中に強健術の原理とそのシステムが語りつくされているのである。これは、効能書きというよりも強健術の設計図と言えるであろう。

▽筋肉の発達

春充は強健術の要件の第一にこれを挙げている。これに関しその処女作「実験 簡易強健術」には次の如く述べている。

「予が運動に対する最大の目的は『筋肉の発達』ということであった。」

そして同様の言葉はその主著「聖中心道 肥田式強健術」中にも見出すことができる。

「殊に、『茅棒』とと呼ばれた繊弱細小の私が、第一の憧憬は隆々巌をも欺く筋肉と、牛角を裂くの強力であったことは、境遇上から云っても、正に当然のことであらねばならぬ。」

このように、強健術の最も重要な目的は筋肉の発達を図ることであった。しかもそれは、春充が虚弱な肉体を持っていたがために生み出された切実な願いでもあったのである。

では春充はこの目的を達成するためにどのような方法をとったのであろうか。

春充が筋肉の発達を図る運動法として最初に注目し、最も参考にしたものは、当時爆発的に流行していた、ユージン・サンドウ著「サンドウ運動法」に解説されるウェイト・トレーニングであった。しかしこの運動法を行っているうちに様々な疑問点、難点が浮かんでくるようになった。

その問題点の一つは、”運動の種類の多さと、その目的の重複”である。サンドウの運動法は初期の頃は18種類、後に20種に増加するが、春充はこれでは煩雑すぎ、記憶するにも実行するにもに困難であるとしている。実際春充はこの本に忠実に各練習法を行ってみたが、それに1時間以上を費やすことになり永続に困難を感じたという。また、同様の筋肉を鍛える方法が重複していることにも無駄を感じた。

これらの問題を解決するために春充は、次のような工夫を講じた。すなわち、運動回数減少のために、手に持つ鉄アレイの重量を増したのである。このためにわざわざ東京の専門店に、特注の20ポンドの鉄アレイを造らせたほどである。

しかし、鉄アレイの加重によるトレーニングは、春充の体調を著しく悪化させた。重い鉄アレイを使用してトレーニングを行うと、胸部に異常の圧迫を感じ、頭がフラフラし、消化不良を起して下痢をした。

これらのことにより重量物による過度の運動は、内臓機関に障害を起こすことを経験的に発見するのである。

さらに、サンドウを始め海外の運動家がその見事な筋肉の発達にも係わらず、肺活量が思いの外少なく、サンドウにいたっては、肋膜炎で死亡したことを知り、過度の筋肉運動は内臓諸機関を弱らせることを改めて認識する。

このような結論から春充は、鉄アレイの重量を序々にヘ減らし最終的には3ポンドまでに減らす。そして、重いもので少ない回数運動をするよりも、軽い物で数多く運動をするほうが、筋肉の発達にもはるかに効果があり、内臓にも影響をおよぼさないことを発見するのである。

この後、柔術の当身の手の握り方を参考にして、鉄アレイを持たなくとも同様に前腕筋が緊張する握り方(集約拳)を採用することにより、鉄アレイのような重量物、道具を使用することを廃止したのであった。

さらに、中心力と部分力の力の配分を発見することにより、過度の筋肉運動を行っても、内臓に悪影響を与えることなく運動を行えるようになり、その上氣合と加速度を加味することによってさらに回数と時間を減ずることができるようになるのだが、これらについては後述する。

次に春充は、筋肉そのものの鍛え方の工夫を行った。

サンドウの運動法では、左右交互に運動を行う。この運動を交互に行う方法の利点は、血液の循環を滑らかにすることであると春充は云う。このサンドウの方法を参考にして、春充は身体各部の主要筋肉に向かい、その筋肉の構成上、最も自然な方法を執って、個々別々に運動を与え、一つ一つにその発達を促すことにより筋肉の発達を図った。

こうして、強健術の主要な原則の一つである”一筋の緊張”(全身の力を、一つの筋肉に込め、それ以外の筋肉は弛緩させること)の原則が生まれるのである。
そして、さらにこの原則に中心力と部分力の関係及び、速度と脚の働きを応用して、最短時間に最大限の筋肉トレーニング効果を挙げる工夫をするのであるが、これについても後に詳述したい。

▽内臓の壮健

以上のようにして、サンドウの運動法の欠点を克服した春充は、次に”内臓の壮健”を目指す。

このことに関し春充は、

「私は筋肉の発達に次いで、内臓の緒機関を強くせねばならぬと、考えた。これは殊に内臓が弱かったために、始終種々の病気ばかりに罹って居った私の、当然起こりくる要求であって、且つ又、サンドウの運動に一時傾倒して、しかもその最短所を、そこに発見したからである。」

と述べている。

このように、この要件も先の「筋肉の発達」と同様、虚弱であった春充の痛切な願望から制定されたものであった。

そして、春充は「ローミュラーのハンカチーフ運動法」、「フォン・ベークマンの強肺法」、「エリザベス・タウンの神経叢覚醒法」等、西洋の呼吸法を応用した体育を比較検討する。

これらの研究によって春充は、次のような結論を得た。西洋の呼吸法は胸式にかたより過ぎており、逆に東洋の養生法は腹式呼吸にかたよっている。また、「エリザベス・タウンの神経叢覚醒法」においては、観念を呼吸法に用いるが、観念と運動は別々に行う方が有利である。

同様の考えは、過去に行った東洋における養生法の実践からも、導き出された。すなわち、病弱であった春充を心配し、父立玄は有名な白隠禅師の「軟蘇の法」を勧めたのである。この観念と腹式呼吸を主体とする養生法を春充は熱心にやってはみるのだが、身体虚弱なため、精神を集中することがままならず、かえって疲労を覚えるのみであった。

春充は言う、

「観念によって、妄想を抱き、強いて精神を以って、身体を支配しようとしても、身体の弱い者や、神経の衰えたものは、却ってそれがために頭脳を苦しませるものである。」

これらの経験より春充は、「観念と運動の分離」という原則を導き出す。これは、強健術の一大特徴でもあり、大原則でもあるのだが、やはりこの原則も治病に敷衍される。

このことに関し次のごとく春充は言う、

「病気を治すために、種々のことを観念させたり、あるいは、精神の統一を図らせたり、もしくは、信仰心を強いたりするやり方があって、達者なものがちょっと聞くと、いかにも面白い理屈があるように、思われるけれども、実際問題として、病人はもう、疲れ切って、精力が減退しているから、そんな、精神的の労働の負担には耐えられないものだ。これは、重症の患者、急性の病人において、殊にそうである。」

次に春充は、具体的に内臓を壮健にする方法を考案する。それが、肥田式に種々伝わる「呼吸操練法」である。

この方法の要旨は、枕無しに仰向きに寝て、柔軟な内臓機関に最も自然な位置をとらせ、かつ身体全部の筋肉をことごとく静止休養させ、内臓機関のみを運動させるというものである。

解剖学的には、腹式呼吸によって横隔膜を上下に運動させ、腹腔内の緒内臓にマッサージを与える。同時に、これは腹腔内に鬱血した血液を全身に送り巡らすポンプの役目もする。さらに、横隔膜の圧下により心臓に余裕を与え、肺底を充分に膨張させ肺活量を増進させる。そして腹式呼吸に続き、肋骨を拡張する胸式呼吸を行い、さらに肺臓の強健を図るというものである。

つまり、肥田式における呼吸操練法とは、腹式呼吸(横隔膜の操練)と胸式呼吸(肺臓の操練)を合わせ体内すべての内臓の壮健を企てたものなのである。

▽体格の均整

この「体格の均整」とは読んで字のごとく、”バランスのとれた体格”という意味である。つまり、身体の一部、腕だとか脚のみが発達し、全身の発達のバランスを欠いた身体ではなく、全身の筋肉がバランスよく美しく発達した肉体、ということである。

春充がこのことに関心を持つきっかけとなったのは、「ウィーンブルフの椅子運動法」に出会ったことであった。このウィーンブルフは、自身が考案した椅子運動法により、コロンビア大学主催「体格競争試験」に優勝し、かのサンドウがその体格美を絶賛したという人物である。

この記事を読み、非常な刺激を受けた春充は、ウィンーブルフの運動法を参考に、現在伝わっている「気合応用強健術 後背筋練修習法」を考案しこれを「体格の均整」を図る運動法とした。

春充は言う、

「要するに私の体格均整を企てた、第七練修法(後背筋練修法)というのは、枢軸基本運動による、全身の発達運動であって、一番力の要るのは、腰と腹であり、生理上の主働筋肉は、後背筋である。かくして最も自然的、且つ完全な、美しい体格を作るのであるが、是に要する練修時間は、僅々十数秒時に、過ぎない。」

また、やはりこの要件も、肉体虚弱であった春充の宿願であった。

「矮小瘠痩、絶えず病魔の脅迫に、萎縮し戦慄しておった私が、先ず強大な体力を羨み、頑健なる内臓機関を望み、しかして雄大壮麗な体格美に、限りなき憧憬を持ったのも、無理からぬことであろうな―!」

と、春充は主著「聖中心道 肥田式強健術」にその感慨を記している。

スポンサーリンク