次元と認識 (5)

十五 夢の機構
 
こころの解明
 
夢は睡眠に伴う心理的現象であるが、その発現の基盤である心そのものの本質が、未だ客観的に解明されていない現在、これを科学的に明らかにすることは困難である。
しかしわれわれはこれを論理的に追及して、一応次のような結論を得た。
 
(一)心は高い次元よりの「我」に対するはたらきかけである。
(二)心は一つのものとして「我」に受け取られるが、その内容は各次元のこころの複合である。
(三)心と「我」と世界は対のものとして離れては存在しえない。
(一)については、「我」がいかなる次元にあっても等しく「我」より一次元低い世界(対象)を物(もの)として眺め、高い次元からのはたらきかけを心(こころ)として受け取っているのである。
(二)については、こころは少なくとも第四次元の心、第五次元のこころ、第六次元の「こころ」があり、第四次元の心は認識に、第五次元のこころは判断と意志に、そして第六次元の「こころ」は情動に係わるものと考えられる。
 
これらの次元のこころは、一般的には一つの心の中の分担の相違と考えられており、生物学的には、それらの分担が煩悩の各部処に局在しているものと思われているが、それは肉体としての頭脳(特に大脳皮質)の受発信の場所分担で、心の働く場所としては、次元的に煩悩を包む「場」として存在すると考える方が正しいであろう。
 
(三)については、心を離れては「我」も世界もなく、世界を離れては心も「我」もない。これは「我」が「いのち」のうちに立場を持っている限りは、どの次元にあろうとも必ず「我」を中心として、低い次元からの働きかけをものー世界として受け取り、高い次元からのはたらきかけを心ーこころとして感じ取るからである。
 
ところで、それらの次元のいずれに「我」が宿るかといえば、いうまでもなく、最も強く執着する次元、すなわち最下位の次元のこころが対峙する世界である。従ってこの場合、「我」がもしその最も強く執着する次元(世界)を離れれば、「我」の立場は次に執着する一次元高い世界に移ることとなるはずである。否移るというよりは、一次元高い世界に目醒めるというべきであろう・・・というのは、もともと心 こころは各次元よりのはたらきかけを同時に複合して受け取っているのだが、高い次元は低い次元に較べて執着が弱いからあまり気付かれないが、低い次元の執着が断たれれば、あたかも太陽が没して夕闇が迫るとともに大空に星が輝き出すように明らかなものとなる。
 
 
睡眠の生理
 
さて以上の心に関する概念を基として、夢の世界に立ち入って考えてみよう。それには、まず睡眠の生理を調べる必要がある。肉体の外部から感覚器官に受け取られた電気的刺激(興奮)が大脳皮質に伝達される経路は、ニューロン(神経線維)によってなされるが、ニューロンは神経細胞に特有の長く突出した細胞突起の一部で、これが互いに連結して、次から次へとその刺激を伝えるようになっているが、このニューロンの連結のメカニズムに問題がある。すなわちこの部分は、両者が直接結合しているのではなく、シナプスと名付ける終端部を介して一定の間隔をもって接しており、通常の状態では電気的に絶縁されているが、或る状態においては、そのシナプス部から分泌されるホルモンの存在により、その部分がイオン化され、電流が流れうる状態となり、そこで次々とニューロンを伝わって神経の興奮による電気的刺激が、大脳に上行的に送られ、または大脳からも運動器官に刺激が下行的に伝達されるものと考えられている。
このシナプスから出されるホルモンの性質は、シナプスの存在する場所によって異なるが、ともかくこの部分に常に適当量貯えれれ、精神の緊張状態においては、それが急速に分泌され、弛緩状態においては、その分泌は停止され、もしくはホルモンの性質によっては、その逆が行われてる。
 
通常のわれわれの生活においては、覚醒時には緊張の状態にあるから、ニューロンはいつでも、感官よりの刺激電流を大脳皮質その他に正しく伝達するが、弛緩時すなわち睡眠時には、刺激電流は伝わらないから、感官と大脳神経中枢との連絡は絶たれることとなり、そのような状態が前後不覚の眠りの場合または放心の状態である。そしてこの場合には大脳からも手足等の運動器官への命令伝達はなされないから、肉体はいわば生ける屍ともいうべき状態におかれることになる。

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