古事記の研究

序文に隠された宇宙の秘密
すべては無から始まった。「古事記」はそれを正確に記している。もちろん、暗号で。「無」とはどのような状態を言うのでしょうか。「無」とは、何かが単にまったく存在しないという状態ではありません。「無」とは、何かが「無いという状態がある」ということを意味します。よく考えてみると、至極当たり前のことですが、何かがまったく存在しないのであるならば、私たちはそのことに気づくこともできません。しかし、一旦、何かの存在に気づき、そのあとで、改めてそれは存在しない状態であることに気づくわけです。それが「無」です。「古事記」の世界は「無」という、「無いという状態がある」ということを、はっきりととらえています。しかし、表現は暗号です。
まずは、「古事記」を概観しておきましょう。「古事記」は三巻からなります。三巻はそれぞれ、上つ巻、中つ巻、下つ巻と呼ばれます。各巻は、上つ巻が前文にあたる「序」と天御中主神から神倭伊波礼毘古命(のちの神武天皇)が誕生するまでのことを記します。中つ巻が神武天皇から応仁天王までのことを記述します。下つ巻が仁徳天皇から推古天皇までのことを記しています。上つ巻が神話にあたる部分のことを書いています。これがちょうど三巻のうちの一巻にあたるので、前章で、「古事記」は神話が三分の一を占めていると書きました。上つ巻にある序は太安万侶によるものです。本文に先立って、次のように記されています。
臣 安万侶言す。
天皇の忠実な臣下である安万侶が、ここに奏上いたします。このように、序は太安万侶が天皇に奏上する形式でなされています。序は大きく三つの内容からなります。最初に、古を振り返り、次に「古事記」が編まれることになったきっかけを説明し、最後に「古事記」が成立した経緯を記すという流れです。序は簡潔に、しかも非常に美しく語られます。いわゆる、美文です。その美しい序に、すでに秘密があるのです。太安万侶はまず、序に秘密を入れています。どんな秘密なのか。順を追って解き明かしていきましょう。まずは、序の冒頭です。
そもそも遠い昔のこと、造化の気がしだいに凝りかたまっても、いまだに外に現れて来るにはいたらず、したがって名前もなければ、動きもない、誰もその形を知らないというそもそもの宇宙の初めに、天と地とが分かれ、アメノミナカヌシノ神・タカミムスビノ神・カミムスビノ神の三柱の神が、宇宙造化のいとぐちをつくり、陰と陽とが別になって、ここにイザナギノ神・イザナミノ神が、生きとし生けるものの親となりました。
序の原文に具体的な神の名は出てきません。序では「参神」「二霊」と記されるだけです。引用した現代語訳では、そのように表現された神たちの名を先取りして書いていますが、実際にそれらの名が出てくるのはこのあと、本文に入ってからです。本文に入って、最初に名が記されるのが天御中主神です。序で、「参拝」とされたうちの一柱です。天御中主神が「帝皇日嗣」でも帝皇日嗣初代だということは、先ほども言いました。「天地初めて分かれて」最初に現れたこの神は一言で言えば宇宙神です。ですから、この世界が天御中主神から始まったと言われても、あまり疑問に感じないのかもしれません。しかし、本当は天御中主神から始まったのではありません。その前があるのです。太安万侶は「乾坤(天地)初めて分かれて」と表現しました。そう表現することで、まだ、そうではなかった状態、すなわち「天地未だ分かれず」という状態があったことをも表現しています。そして、そこに「アマツチイマダワカレズノカミ」という神がいるということを隠しているのです。名前を記した、天御中主神の前にも神あ存在するということを言っているのにほかなりません。太安万侶は「名も無く為も無く、誰か其の形を知らむ」と続けて言いました。つまり、太安万侶は、本当の最初の神が「無の神」であること、天御中主神の前に「無の神」が存在することを、実にさりげなく隠したのです。