古事記の研究 (2)

序が非常に美文なのは神の名前を隠しているからです。それは祝詞(神に捧げる詞)そのものと言えます。「古事記」の序は祝詞なのです。序だけが祝詞なのではなく、「古事記」そのものが祝詞です。「古事記」の暗号に込められた「無の神」には名前がないのでしょうか。そんなことはありません。「帝皇日嗣」は「無の神」を「皇祖元主元無極主大御神」と口伝します。この神こそが帝皇日嗣零代の神です。さらに、「帝皇日嗣」が伝える「帝皇日嗣霊代」はこの神だけではありません。このあと、「帝皇日嗣零代」が何代も続きます。そして、それはどれくらい続いたかというと、「年暦無数」と言われます。文字通り、数えられないくらいの長い長い間です。なぜ年暦無数なのかというと、このときはまだ時間の神が登場しておらず、”時間”というものがなかったからです。「帝皇日嗣零代」から「帝皇日嗣初代」に至るあいだにも、神々が大勢いるのです。すなわち、「無」の状況からいろいろな神が登場します。たとえば、意識の神、音の神、温度の神、重力の神、光の神、そして時間の神などなどです。これは「帝皇日嗣」が極秘口伝として伝えていることです。しかし、最初にお断りしたように、門外不出、秘伝口伝ゆえ、これ以上は話せません。とにもかくにも、ここでしっかり押さえておきたいことは三つです。

一つ目は、「古事記」が記す最初の神、天御中主神の前にも神々がいたということ。二つ目は、その始まりは「無の神」であったということ。そして三つ目は、「古事記」が具体的にその神の名を記すことはなかったけれども、存在については伝えているということです。「古事記」は「無という状態が有る」ということを認識していました。しかも、「神」としてとらえていたということがポイントです。第七十三世武内宿禰は、「正当竹内文書」を口伝されています。その口伝を授けてくれた竹内家の長老会は十二家あります。参議も十二人います。それは十二種類の口伝が存在することを意味します。たとえば、次章で述べる宇宙創成神話も十二種類あるのです。そのように、十二種類も口伝が存在し、「無の神」に関しても、神名だけで十二種類あり、その中には「元無極体大御神」、「元主御位主大御神」という名もあります。しかし、神名にこそ違いはあれど、どの口伝も「無の神」から始まることに相違はありません。そのことだけは見事に一致しています。これは偶然と表現されるようなことなのでしょうか。偶然と言ってしまえば、なにやら、それ以上でもそれ以下でもない、そこで終わってしまうことのような響きがあります。もちろん、そうではありません。この「偶然」というのがいかに大事なのかということです。竹内神道、すなわち、古神道では、「偶然は神」と言われています。序に込められた暗号が一つ解けたところで、続けて「古事記」の本文に入っていきましょう。

別天神ーーーー天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神

いよいよ「古事記」の本文です。本文はこのように始まります。

宇宙の初め、天も地もいまだ混沌としていた時に、高天原と呼ばれる天のいと高いところに、三柱の神が次々と現れた。初めに、天の中央にあって宇宙を統一する天之御中主神。次に、宇宙の生成をつかさどる高御産巣日神。および、同じく神産巣日神。これらの神々は、みな配偶を持たぬ単独の神で、姿を見せることがなかった。

最初に登場するのが、天御中主神、二番目が高皇産霊神、三番目が神皇産霊神です。原文では神名だけが記され、それぞれの神がどおようなことをしたのかまでは詳しく書かれていません。しかし、序には「参神造化の首と作り」と記されていたので、天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神の三柱の神が造化、すなわち、天地創造の神であることがわかります。さらに、その「首」だということで、このあとにも造化に関わる神が登場することが読み取れます。とここまで読んで、「すわ!暗号か」とセンサーが働いた箇所があったのではないでしょうか。「古事記」と「帝皇日嗣」のあいだで一分のズレもなく、ピタリと一致しているものがあります。それは、その神が第何代かという数字、言うなれば「代数」です。これに関しては見事に一致しているのです。「神道事典」という書物があります。事典の巻末に「記紀神名対照表」なるものが付録として載せられています。「記紀神名対照表」の上段に、「古事記」に登場する神名が記され、その神名に算用数字で番号がつけられています。凡例ではこの番号について「神名には通し番号を付した」と説明するだけです。それはあたかも、事務的な整理番号を機械的に付したかのような印象を与える、実に素っ気ない言い方です。ところが、この番号が「帝皇日嗣」が伝える代数とまったく同じものなのです。代数がこれほどの一致をみるなどということは、不思議を通り越して異常です。もうこれは「神道事典」を作ったメンバーの中に竹内家の人間がいて、「帝皇日嗣」を使って作成したとしか考えられません。ですから、「神道事典」に記されている代数を示す数字は「帝皇日嗣」のものだという理解をしておいてください。