古事記の研究 (3)

このように、ことさら暗号というほどのものでなくても、内緒がいっぱいあるのです。あれこれ言いました。「古事記」に戻ります。「古事記」の最初に登場する三柱の神について、もう少し詳しく話しておきましょう。現れた順番にみていきます。先述したように、帝皇日嗣初代の天御中主神は宇宙神です。天御中主神が宇宙そのものであり、宇宙の運行を司る神なのです。無の神から、神皇七代が出現し、そのあと、すべての運行を司る神として、天御中主神が登場します。ここからようやく宇宙に入るのです。宇宙のはじめです。時間はまだなく、相変わらず年暦無数です。続いて現れた高皇産霊神(帝皇日嗣二代)と神皇産霊神(帝皇日嗣三代)が、実際に宇宙を創りまくります。現代語訳のほうは、そうした二柱の神の役割を織り込んだ文になっています。
「結ぶ」ということ
二柱の神それぞれに、もっと迫ってみましょう。細かいことは気にしなくても大丈夫と言ったばかりなのですが、気になる人のために、ちょっとだけ触れておきます。高皇産霊神の読み方は「タカミムスビノカミ」「タカミムスヒノカミ」の両方があります。神皇産霊神にもやはり「カミムスビノカミ」「カミムスヒノカミ」の二通りの読み方があります。清音と濁音の違いは、聖なるものと俗なるものの違いと言えます。さて、二柱の神です。高皇産霊神は宇宙創成のどのような部分に関係があるのでしょうか。ヒントは神名の中に用意されています。「ムスビ」です。そう、結ぶのです。ぎゅっと、ぎゅっと、ぎゅっと結ぶ。宇宙をぎゅっと結んで凝縮しました。広がる前の凝縮です。結びとは凝縮することです。結びというのはとても重要です。結んだところが凝縮され、そこに力が生じます。力が生じたところに神が生じるのです。ですから、高皇産霊神もムスビの部分が「産霊」と書かれるわけです。「タカイムスビノカミ」と初めて聞いたときに、なんだか身近に感じ、その名から「おむすび」を連想しませんでしたか。確かに、おむすびもぎゅっと凝縮して作りますよね。おむすびも実は神事です。おむすびを作るには米と水と塩が必要です。米、水、塩は神棚のお供えにも欠かせません。「米」という字を分解すると「八十八」になります。神の恵みのもとで八十八の、つまり、多くの手間がかけられ、米が作られるのです。そこに今度は人の手が加わります。人の手で心を込めてぎゅっと結ぶ。結んだところに神が生じます。おむすびは、まさに「ムスビ」なのです。おむすびは、まさに「ムスビ」なのです。おむすびをめぐる話をもう少ししておきます。この「おむすび」という言い方が場所によって、多少違いがあります。近畿地方ではもっぱら「おむすび」ですが、関東地方では「おにぎり」と言うほうが多いかと思います。この言い方の違いは古代からすでにあったようです。
結論から言うと、大和族が「おむすび」という言い方で、出雲族が「おにぎり」という言い方なのです。なぜなら、出雲族には饒速日命という神がおられるからです。「ニギハヤヒ」の「ニギ」なのです。「古事記」を読み進め、歴史を紐解いていくうちに、いろいろなことを発見するでしょう。その中には、現在、私たちが使っている言葉や表現のルーツが古代のできごとにつながっているということを実感することもあると思います。私たちは現在の日本語を通して、過去とのつながりを見つけることが可能です。そして、それは今日の世界においても、かなり恵まれていることだと言えるでしょう。宇宙創成の話が、いきなり、おむすびという日常の世界にそれこそ「結び」つきました。知れば知るほど「古事記」の描く世界は今の私たちに、今の私たちは「古事記」につながっています。