世界を変える唯一の方法は あなた自身が変わることだ

自分を変えることが世界を変える

◆質問

Osho、何もかも申し分ないのですが、第3次世界大戦が近づきつつあります。あなたは「世界を変えようとしてはいけない」とおっしゃっています。けれどもコミューンの門のすぐ外では、乞食の子が今にも飢えで死にそうになっています。どうしたらいいのでしょうか?

私の提案はこうだ。あなたが第三次世界大戦を防止できると考えてはいけない、あなたが貧困を変えられると考えてはいけないということだ。あなたが変えられるのは、あなた自身だけだ。あなたの貪欲を捨てなさい、あなたの未来を捨てなさい、あなたのマインドを捨てなさい。
もっと愛に満ち、もっと健康になって、そしてハートから生きなさい。そしてもしたくさんの人びとがそのように生き始めたら、それこそが世界を変える唯一の方法だ。世界を直接変えることはできない。なぜなら世界は魂を持っていないからだ。魂は個人のなかに存在する。個人だけが変わることができる。

あなたがたが溜め込み屋のままで――貪欲で、暴力に満ちて、抑圧されて――いるなら、この社会が続くだろう。そしてあなたは乞食に金をやることはできるだろうが、彼は乞食のままだろう。なぜなら金は決してなにも変えはしないからだ。私は百万長者でいてしかも乞食のような人たちを知っている。彼らは、いくら持っていようがなにも違わない守銭奴だ。

こんな話を聞いたことがある……。ふたりのユダヤ人亡命者がジョン・D・ロックフェラーの家を通り過ぎたことがある。「わしにあの男の百万ドルがあったらなあ」とその内のひとりがため息をついた。
「わしは奴よりもっと金持ちになれるのに」
「そんなの無意味だね」ともうひとりが注意した。
「お前にロックフェラー氏の百万ドルがあったら、お前は彼と同じだけの金持ちで、彼以上の金持ちなわけじゃないさ」
「お前は間違ってる」と最初の男が主張した。「わしがヘブライ語のレッスンの方もできることを忘れんでくれよ」

乞食はやはり乞食だ。ジョン・D・ロックフェラーの全財産を持ってまでも、彼はもう一方でヘブライ語のレッスンをするつもりでいる。
人は変わらない。金では決してなにも変わらない。もし自分が変われば、それはまったく別なことだ。私は慈愛の心を持ってはいけないと言っているのではない。私が言っているのは慈愛の心を持つのはいいが、ただあなたの慈悲で世界が変わると思ってはいけないということだ。そんなことを望んではいけない。

なんであれ与えられるものを与えたらいい、分かち合えるものを分かち合いなさい。ただ愛の心からのみ分かち合いなさい。政治的観点で、世界を変えるなどと考えてはいけない。さもないと失望することになる。そういうことは忘れてしまいなさい。

あなたはなんでも自分がしたいと思うことをしたらいい。乞食に会ってなにか感じたのならそれをしたらいい。自分がしたいと感じることをなんでもしなさい。私は、なにもするなと言ってはいない。ただ私が言っているのは、自分が世界を変えているなどと思ってはいけないということだ。なにひとつ変わるものはない。

世界を変える唯一の方法は意識のレベルを変えることだ――そしてあなたは、それをあなた自身のなかでしかできない。ほかの誰にも、それを外側からすることはできない。確かに、あなたが自分の意識の水準を変えたら、あなたは人びとを変えるような、彼らが知らずに変わってしまうような波動を生み出す。

世界にはある別の雰囲気が必要なのだ――別の社会ではなく、別の空気だ。別の霊的な波動が必要なのだ。私が直接することに関心がないのはそのためだ。私はあなたを社会の僕(しもべ)に、宣教師に、なにかそういうものにしたくはない。私はあなたが完全に利己的であることを望む。

まず自分が誰かを知ろうとしなさい。これこそが利己的であることの第一原理だ。まず愛そうとしなさい。これが利己的であることの第二原理だ。他人を愛せるようになるほどに自分自身を愛しなさい。そして利己的であることの第三原理はこうだ。

その瞬間を喜びに満ちて、祝いながら生きなさい――そうすればあなたを通じてなにかが起こり始める。あなたは引き金のポイントになる。世界的プロセスが始まる。

いつであれひとりの覚者が生まれるとき、世界的プロセスが始まる。あなたは覚者になりなさい、目覚めるのだ。それがあなたにできるすべてだ。

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